駿河湾特産のサクラエビの不漁が続いている。駿河湾特産と書いたが、実は、東京湾、相模湾などにも生息している。だが、サクラエビの漁業権を持つのは駿河湾の蒲原、由比、大井川漁協所属の船のみで、国内水揚げ量の100%が駿河湾産である。よって、駿河湾特産となる。昨今では、台湾産のサクラエビも市場に出回っている。
サクラエビは、体長4~5cm。産卵期は5月に始まり、7月から8月が最盛期、11月中旬まで続き、漁期は春と秋の二回となる。
実は、サクラエビは深海生物である。深海とは、太陽光が届かない「くらやみの世界」である。一般的には水深200mより深い海域である。深海は、光が届かないので、光合成ができない。つまり、生態学で言うところの生産者が存在しない。しかし、消費者は存在する。その謎には二通りの答えがある。一つは、浅海からの「おこぼれ」を頂いて生きる方法。オオグソクムシ(大具足蟲)のようにひたすら深海底に落下してくる有機物を待ち、それを摂餌する我慢タイプである。もう一つは、ハダカイワシ(裸鰯)のように夜間に生物量の多い表層まで浮上し、摂餌し、明け方に深海に戻る御都合タイプである。日周鉛直運動という。サクラエビは後者にあたる。だから、サクラエビ漁は夜間に行われるのである。
そのサクラエビ不漁の原因には、濫獲以外に、①産卵海域の潮流や海水温の変化、②成長と餌になる植物プランクトンの発生時期のずれ、③富士川水系の濁りなどが挙げられている。
①の背景には、黒潮大蛇行、温暖化などが、挙げられる。②は①の海水温の上昇によって、海水の上下の拡散が妨げられていることの結果と考えられる。③は、前の二つとは全く別の要因である。
ここでは、③について考えてみる。富士川水系の濁りはどこから来るのか。
1940年(皇紀2600年)、ゼロ戦(旧海軍零式艦上戦闘機)が開発された。累計1万台以上生産され、当時は無敵の戦闘機だった。機体の材料はアルミニウム合金のジュラルミンである。アルミニウムの精錬には膨大な電気を使う。1940年、国策として、軍需資材であったアルミニウム精錬を目的に富士川水系の水利権が認められ、水力発電をしたのは日軽金蒲原工場だった。
戦後は1967年、雨畑ダム(山梨県早川町)が造られ、そこを起点に導水管で繋がった四ヶ所の水力発電所の電力を使い日軽金蒲原工場は、2014年までアルミニウム製錬を続けた。完成から半世紀以上たつ雨畑ダムは総貯水容量のほとんどは堆砂で埋まり、富士川水系の濁りの一因となっている。
つまり、富士川水系の濁りは、軍需資材を生産した日軽金蒲原工場の稼働に端を発している。日軽金蒲原工場はアルミニウム精錬を目的に富士川の水利権が認められた自前の発電所を持っていたので、戦後もアルミニウム精錬を続けたが、2014年にその操業を終えた。しかし、未だに水力発電は行われている。アルミニウム精錬ではなく、売電を目的とした発電は、富士川水系の水利権の目的外使用であって、違法行為であると思われる。
歴史を遡ってみると、サクラエビ不漁とゼロ戦が結びついていた。
この記事は、科教協編集 本の泉社発行の「理科教室」2021年3月号(1,000円)の巻頭エッセイとして執筆したものです。 執筆:篠崎勇(shizuoka_koko_rika_c@yahoo.co.jp)
【関連】 「サクラエビが減った原因を模索する授業」が別に掲載してある。