「小学生のための放射線副読本~放射線について学ぼう~」(平成30年9月文部科学省)の批判検討
1.文科省「放射線副読本」について
文部科学省は、「放射線副読本」の再改定版を2018年10月に公表しました。
初版は2011年で、小学生用「放射線について考えてみよう」、中学生用「知ることから始めよう、放射線のいろいろ」、 高校生用「知っておきたい放射線のこと」という副題が付けられていました。 しかも、それぞれの副読本には、教師用の解説書も作成されていました。
しかし、それらの副読本の共通した欠陥は、福島第1原発事故の重大性の指摘と、それに伴い被災した福島を中心とした被災者への思いやりが欠けていたことでした。
その反省もあってか、2014年版では、福島原発事故とその被害の項目から始まってはいたものの、 今回の再改定版では、その1ページの「はじめに」は、初版同様に小学生用も中学生・高校生用も「放射線は、私たちの身の回りに日常的に存在しており」という記述から始まっています。
しかし、この「放射線副読本」は、2011年の福島原発事故を契機につくられたものであり、そうであるならば、福島原発事故の反省の立場から編集がなされなければいけません。 その立場に立っていないことが根本の問題点です。
以下、各章の問題点を挙げてみます。
2.「第1章 放射線について知ろう」
この章の趣旨は、放射線は宇宙の誕生から存在し、現在でも身の回りに存在するので、放射線を受ける量をゼロにすることはできないが、 これから長く生きる子供たちは、放射線を受ける量をできるだけ少なくすることも大切だということになっています。
これにはごまかしがあります。確かに放射線は宇宙から、大地、空気、そして食べ物からも出ています。それらを「自然放射線」といいます。 この自然放射線を受けないようにする方法はありません。 そんなことを問題とするのではなく、福島原発事故の事実と、そこから放出された放射性物質や放射線が問題であり、
そのような人工的な放射性物質は、身近にあるべきではないことを主張すべきであると考えます。
また、この章ではいくつかの誤りがあります。まず一つ目は、低線量被ばくによる健康影響についてです。 100ミリシーベルト以上の放射線を人体が受けた場合、ガンになるリスクが上昇するが、そのリスクは野菜不足や塩分の取りすぎと同程度であると述べています。
しかし、その「野菜不足」のデータについては、2008年、国立がん研究センターから「野菜とがんの関連は見られない」という発表があり、意図的不正行為を疑います。 二つ目は、「人が放射線を受けた影響が、その人の子供に伝わるという遺伝性影響を示す根拠はこれまで見つかっていません」という記述です。
環境省の「放射線による健康影響等に関する統一的な基礎資料(平成29年度版)」では、「国際放射線防護委員会(ICRP)では、1グレイあたりの遺伝的影響のリスクは0.2%と見積もっています」と書かれています。 それらと矛盾します。
それよりなにより、なぜ「子供たちは、放射線を受ける量をできるだけ少なくすることが大切」の理由を述べないのか? しっかりと「放射線は細胞のDNAなどに影響を及ぼすので、無用な放射線はできるだけ浴びないようにすることが大切です。 特に、細胞分裂が盛んな子供や妊婦の方は注意が必要です」と明記すべきです。
3.「第2章 原子力発電所の事故と復興のあゆみ」
「2-1 事故のようすとその後の復興のようす」
福島原発事故の真実が述べられていません。3.11の地震と津波のせいにしています。 かつて、原発推進の錦の御旗としていた「五重の壁」がどうして破られたのかが述べられていません。
原発はペレットと呼ばれるウラン燃料を詰めた被覆管を束にした燃料集合体の間に、制御棒を差し込むと核分裂が止まり抜くと核分裂が起こり、 発電をコントロールしています。よって発電中の原発(福島原発は沸騰水型)は制御棒が下に抜かれていました。
地震直後、自動スクラム(制御棒が下から挿入され原子炉の緊急停止)となりました。 原子炉が停止してもウラン235が核分裂してできた「死の灰」は不安定な物質で、崩壊熱を出し続けます。 発電停止後0.1秒後で運転出力の7%、1日後でも0.6%の熱が放出されます。 例えば、発電出力100万kWの原発は熱出力300万kWなので、その0.6%でも1.8万kWの熱を発生しています。
電気ストーブ2万台分の熱に相当します。
地震直後、外部からの電気供給が停止し、非常用発電装置も津波で壊れ、全電源喪失(世界で初めての事態)となりました。 そのため、緊急炉心冷却装置(ECCS)が働かず、燃料棒が融け、炉心溶融(メルトダウン)、熔融貫通(メルトスルー)が発生しました。 同時に、被覆管の金属と水蒸気が反応し、水素が発生。原子炉の圧力が高すぎるので緊急措置として弁を開き排気(ベント)しました。
こうして放射性物質が大気中に放出され、さらに原子炉建屋内で水素爆発が起こり、さらに大量の放射性物質が大気中に放出されました。 ベントを行わなかったら、原子炉そのものが爆発して圧倒的な量の放射性物質が放出されて、東日本全体が放射能汚染された可能性があったのです。
そのような危機的な状況であった記述は何もなく、「放射線量が下がっている」ことが強調されています。
「2-2 風評被害や差別、いじめ」
福島県の子供が実際に体験した話をもとした資料で、いじめられるのは、「根拠のない思い込みから生じる風評」が原因といいながら安全を強調しています。 これでは「風評」は払拭されないでしょう。
コラムにこんな一文がありました。「原子力発電については、大都市で使われる電気を、そこから遠く離れた地域の原子力発電所で発電するという地域と地域の協力関係があります」。 ここで言っている「地域と地域の協力関係」とは一体何のことを言っているのでしょうか? 「協力関係」ならば、双方に利益がもたらされるのでしょうが、ここにはそのような関係はありません。
「2-3 食べ物の安全性」
ここにも間違い(故意?)があります。 食品中の放射性物質に関する指標等の表から、「日本の基準値は、他国に比べ厳しい条件の下で設定されており、世界で最も厳しいレベルです」とまとめてあります。 数値を見ればそのような結論になりますが、トリックがあったのです。 日本の食品基準値は「平常時」の値なのに対し、EU、米国、コーデックスの基準値は「緊急時」の値だったのです。
比較できない違う状況の値を比べて「世界で最も厳しいレベルの基準を設定」とするのは故意としか思えません。 実際には、飲料水の平常時の基準値は日本10ベクレル/kgに対し、EU 8.7ベクレル/kg、米国4.2ベクレル/kg、コーデックスは基準無しとなっていて、 日本が最も基準値が高いのです。これについて厚労省、消費者庁、復興庁は誤りを認めましたが、現在のところ訂正はされていません。
「2-4 未来へ向けて」
福島での新しい出発に向けての取り組みが紹介されているだけで、被災者の思いが抜け落ちています。 何十年続くかわからない、また、巨額の費用のかかる廃炉作業なども大きなこれからの大きな課題のはずなのに、すっぽり抜け落ちています。
【参考資料】
・静岡発!未来は私たちの手で~福島原発の過酷事故に学ぶ~(2015年版)
編著:「未来は私たちの手で」編集委員会 監修:渡辺淳雄(NPO法人APAST)
・放射線と被ばくの問題を考えるための副読本~“減思力”を防ぎ,判断力・批判力を育むために~ 福島大学 放射線副読本研究会
・フクシマを忘れるな、全国の学校でフクシマを学ぼう 新しい放射線読本 ここが問題?
・「放射線のホント」と「放射線副読本」 『原子力資料情報室通信』第536号(2019/2/1)より
・原発事故より「安全性ばかり強調」国の放射線副読本を(滋賀県野洲市)市教委回収 京都新聞社ニュース(2019年4月25日)
・小学生のための放射線副読本~放射線について学ぼう~(2014年版) 文部科学省 ・風評払拭・リスクコミュニケーション強化戦略(平成29年12月12日) 復興庁
文責:篠崎勇(元高校教員)shizuoka_koko_rika_c@yahoo.co.jp